太田ジオメールマガジン[215]~土砂災害防止のイノベーション、の巻~

土砂災害の8割を占める表層崩壊による被災は予防できる!

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━ Vol.215 ━ 2016.9.6━

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┃★土砂災害対策の破壊的イノベーション
┃  土質試験分野でローエンド型破壊的イノベーションが起き、斜面災害予防
┃  分野で新市場型破壊的イノベーションが起きようとしています
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■土砂災害対策の破壊的イノベーション
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破壊的イノベーション(Disruptive Innovation)という言葉は、土木や地質を
やっている人には馴染みがありませんが、ビジネスを考える上ではとても重要な
ことのようです。先日、あるセミナーに行って、玉田俊平太先生から大きな刺激
を受けました。

イノベーションは、機能をどんどん向上させていく「持続的イノベーション」
が王道ですが、ある時から機能の向上には消費者が興味を示さなくなります。そ
うなると、異なる価値が台頭し「破壊的イノベーション」が起きるとされていま
す。なお、この「破壊的」は、「不連続な」という意味に近いそうです。

興味深いのは、「持続的イノベーション」は常に既存企業が勝ち、「破壊的イノ
ベーション」では、常に新規参入企業が勝つというところでした。

これ以上は、詳細な説明不能ですので、日経ビジネスオンラインをご覧ください。
私が説明するよりよくわかると思います。

しゅんぺいた博士と学ぶイノベーションの兵法
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/15/062400001/

土砂災害や地盤工学の中にも、ある時点から、計測や解析がいくら正確・高度に
なっても興味が湧かない(過剰満足状態になっている)技術や、何かの制約でだ
れもやっていない(無消費状態となっている)技術があるように思います。

たとえば、土質試験などは非常に細かな計測ができるようになっていますが、同
時に地すべり等の実務で土質試験を行うことが少なくなってきている現実があり
ます。いくら正確でも、費用と労力がかかって、結果(対策工)に影響を及ぼさ
ない技術は「過剰満足状態」といえるかもしれません。

また、本来、斜面対策は「崩れる前に予防する」のが基本です。ところが、現在
実務で使われている逆算法と計画安全率の組み合わせは「壊れたものを直す」に
特化した技術です。「予防」が必要とわかっていても、現在は誰も行っていない
「無消費状態」にあると言えます。

過剰満足と無消費は、破壊的イノベーションが起きる必要条件です。土砂災害防
止技術は、破壊的イノベーション前夜にあるといってよいようです。

■土層強度検査棒によるローエンド型破壊的イノベーション

土質試験と土層強度検査棒試験を比べると、当然前者のほうが圧倒的に精度が高
い手法です。しかし、土砂災害の80%を占める表層崩壊対策のような「小口業務」
で土質試験を使うだけの予算は通常つきません。土層強度検査棒試験は、精度に
はやや難がありますが、なんといっても簡単に、大量に、データ取得が可能です。
「誰でも、いつでも使える」ローエンド型技術であることに価値があります。

「この斜面は安全ですか?危険ですか?」という問いかけに対して、表層の目視
調査だけの情報で判断を迫られていたフラストレーションから、土検棒は解放し
てくれます。少なくとも、土層深と土質強度(c・Φ)が現地で簡単に手に入る
ので、演繹的な安定計算で、安全率が計算できてしまいます。当たり前の技術なの
ですが、これまでできていませんでした。

■表層崩壊の「真の原因」にアプローチできる

災害調査では、何が原因となって崩壊したのかを突き止めることが重要です。土
層強度検査棒試験で得られた情報から安定計算すると、崩壊の瞬間の地下水圧を
計算することができます。実測値を得ることで、安定計算式の中の未知数を水圧
ただ一つに絞れるのでできることなのです。

これまで数多くの崩壊時地下水圧を計算しましたが、多くの個所で地表面よりも
高い水頭でなければ安全率が1.0を下回らないことがわかりました。それが自然
にとっては当たり前のことのようです。崩壊を発生させる間隙水圧は、自由水圧
ではなく過剰間隙水圧(被圧水圧)だったのです!

■特定斜面の崩壊予防が可能になる新市場型破壊的イノベーション

斜面全体に対策しなくても、崩したくないところだけを対策することができれば、
予防工として十分です。これには「どこが崩壊しやすいか」ちう予測ではなく
「どうすれば、ここを崩壊しにくくできるか」の予防を考えればよいのです。

土層強度検査棒を活用した崩壊地調査からの帰結として、間隙水圧を、地表面ま
での水圧で抑えれば、多くのところでは崩壊しにくくなります。崩れても大きな
被害にならない隣接斜面が先に崩れるように誘導できたら、その近傍の斜面の崩
壊によって地中内水圧は消散しますから、守りたい斜面は斜面は安定します。
「最初に崩壊する箇所になりさえしなければ被害を予防できる」わけです。

たとえば、守りたい家の直上の斜面に排水補強パイプを打設しておけば、その斜
面は一連の斜面の中で、崩壊優先順位が第一位にはならないでしょう。崩壊を止
めるのではなく、被災を無くすのです。

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台風10号が、普段大雨の降らない東北や北海道で大きな被害を出しました。崩れ
たところは、基本的に無対策のところです。無対策斜面では、どこが最初に崩壊
するかは、運次第です。その「運」を「必然」にコントロールできていれば、被
害を受けなくても済んだかもしれません。

土砂災害の予防工は、ローエンド型であり、かつ新市場型の破壊的イノベーショ
ンによって実現されるのだろうと思います。
(編集後記)
大企業にはかなわない、としばしば思うのですが、「破壊型イノベーション」で
は、常に新規参入企業が勝つ!という刺激的な話を聞いて、自分の専門分野で応
用しようと試みています。過剰満足と無消費が存在すれば、そこには破壊型イノ
ベーションが起きる!これは、これから起業しようというような方々や中小零細
企業で「一発当てたろか!」と考えている人たちにとっては、大変勇気が湧いて
くるはずです。その最初の一歩が、土検棒かもしれませんね。ゴールは排水補強
パイプ。。。(H.O)